寄稿「失われた20年からの脱却」

◆民主党政権の2年

 政権交代から2年が経った。民主党政権の2年間は「失われた2年」だった。バブル崩壊から今までの「失われた20年」の最後のダメ押しのような2年だった。

 私は2年前、前回の総選挙を戦った実感を総括し本誌で次の様に記した。「私たち国民は、『政権選択』ではなく『政権拒絶』」をしたと。国民は積極的に民主党政権を望んだわけでなく、自民党政権を積極的に「拒絶」し、結果として民主党政権が「選択」されたと。

 その後2年間、民主党政権はどうだっただろうか。政権交代に多くの国民は熱狂した。初めての本格的非自民党政権の成立だし、政治改革から15年たって政権交代可能な二大政党制が実現したわけだから無理もない。これからは二大政党がそれぞれのリーダー候補とマニフェストを掲げて総選挙を戦い、国民が直接に首相と政策を決定できる世の中になると思われたからである。

 しかし、現実は期待に反する厳しいものだった。鳩山首相も菅首相も政権公約の撤回や変更に追われた。普天間基地移設撤回、消費税増税明言、そして子ども手当撤回など。元々マニフェストが実現不可能な内容だったからである。さらに両首相ともに重大な政治とカネの問題が浮上した。母親からの巨額献金と外国人献金問題である。

 政権交代が実現したことで、政権が変わり政治が変わり社会が変わり生活が変わり、そして日本が変わるという期待感が高まっていただけに、国民が選んだリーダーとマニフェストがともに期待外れで不誠実であったことで、政治不信は高まった。自民党もダメ、民主党もダメ、どうすればよいのかというのが国民の率直な気持ちだろう。

◆「失われた20年」

 それではこれまでの「失われた20年」とは何だったのか。1990年のバブル崩壊から、1997年のアジア通貨危機、1990年代後半の相次ぐ金融機関の破たんなど、日本は断続的に経済危機に見舞われた。累次の経済危機対策を打つが、景気回復はままならなかった。そしてまず「失われた10年」と言われた。

 2000年代になると、小泉構造改革により復活の可能性が見えた。実際、戦後史上最長の景気拡大を実現した。小泉政権終盤の2006年には、2011年の財政健全化の目途が立ち、実際には計画を上回るペースで財政は改善した。ところが2008年のリーマンショック、2011年の東日本大震災によって、シナリオが崩れた。

 政治については、1990年代になって金権政治批判が激しくなるなか、1993年にはついに自民党が結党以来初めて下野した。しかし非自民党政権は1年足らずで崩壊し、再び自民党が政権を奪取した。政策新人類の登場など変化の兆候は見えたが、自民党の体質は根本的には変わらなかった。

 2000年代は政治は激動した。2001年小泉政権誕生、2005年郵政民営化総選挙、2009年政権交代総選挙。小泉氏が自民党をぶっ壊し、鳩山氏が政権交代を実現した。日本の政治はようやく変わったように見えた。政権交代可能な二大政党制時代の到来である。

 しかし、民主党政権は16年前と同様の過ちを犯したようにみえる。日米関係の再定義、財務省主導の突然の増税発表など非現実的な政策を推し進めようとして民意を失った。結局、政治は変わらなかった。

 それに、今回の民主党の代表選は、日本の政治は変わっていないという強烈な印象を与えた。代表候補が小沢詣でを繰り返すさまを見て、石破茂氏が「20年前に見た光景だ」と言ったように、いまだ政策議論より「数」の論理を重んじる古い政治が続いていることを露わにした。

 加えて、任期途中の民主党代表選挙では、党員投票は行われない。2日か3日の選挙戦で民主党所属国会議員だけで事実上日本国首相が決定される。これでは政治の改革進化はすすまない。まさに首相のたらい回しである。

◆脱・首相一年交代

 小泉首相から数えると6年で7人目の首相就任となる。日本の政治の不安定性に対する懸念が高まっている。短期政権のあまり、年単位でなく月単位で成果の上がる政策ばかりに重点が置かれているとも言われる。ただ、首相が一年で交代するには原因がある。現在の政治の仕組みや慣行が政権交代時代に合っていないからであり、改善できる可能性は十分にある。

 衆院選が約3年毎、参院選が3年毎、党首選が自民党では3年毎、民主党では2年毎に実施される。したがって、日本の首相はほぼ毎年の様に首相職を継続できるかどうかの岐路に立たされる。この問題の解決には、衆参ねじれ国会が生じる政治制度の問題、ならびに、総選挙より党首選を尊重する首相選びの慣行の問題を解決しなければならない。

 衆参ねじれ国会については、1994年の政治改革では想定されていなかった。しかし実際には参議院の二大政党化が進み、2007年7月の参院選で民主党が勝利するとねじれ国会が生じた。現在では両党ともに攻守それぞれねじれ国会を経験したのだから、国会運営正常化のためにまず実務的に双方でねじれ解消のルール作りを進め、いずれ憲法改正を含めて衆議院の優越を担保する制度改正を実施しなければならない。

 党首選については、いまだ自民党一党優位時代の慣行を引きずっている。小泉首相は3選を禁止した自民党のルールに則って首相任期途中の2006年9月に退任した。昨年9月の民主党党首選で小沢氏が菅氏に勝利していたら首相は交代していた。現行の政党のルールや慣行に従うと、日本国の首相を選ぶ上で、国民参加の総選挙より党員参加あるいは党所属国会議員だけによる党首選の方が尊重されることになる。政党の決断でこの問題は解決できる。

◆3度目の「10年」回避を

 より難しい課題は、日本再生のための実現可能なマニフェストを描くことである。民主党は政権獲得のため実現「不」可能なマニフェストを掲げた。政治を弄ぶ詐欺集団と言われても仕方がない。本来、国民に真実を語り、その上で最善の政策を提示しなければならない。

 日本は成長国家から成熟国家への脱皮のプロセスにいる。経済は高度成長から安定成長、そして低成長へ。人口は人口爆発から高齢化、さらに人口減少へ。どこの国も経験する成熟プロセスであるが、日本の場合は成長のスピードが早かった分、成熟も早く政策対応もスピードが求められる。それに先例のない人類未体験の世界でもある。

 日本は、成熟国家への脱皮を実現するための知恵を創出できない限り、3度目の「失われた10年」を迎えることになる。なぜなら日本が抱えている問題は、一時的な問題ではなく構造的問題だからである。「失われた20年」の本質は、バブル崩壊後の経済危機対応を重視するあまり、構造的問題に対処することを怠ったことであろう。いま震災対応は早急に進めなければならない。ただ、それを理由に長期的な課題を疎かにしてはならない。政治がこれ以上時間を浪費する余裕はない。

月刊カレント2011年9月号掲載
(8月22日記)