次の時代をつくるためともに語り、決断し、実行しよう
“次の時代”をつくる
私は、1999年に十余年勤めた金融機関を退職し、2003年総選挙に初めて立候補し惜敗、そして、2005年総選挙で東京・世田谷の皆さんに代議士に選んで頂いた。
私が代議士になった理由は、ただ一つである。“次の時代”をつくるためである。「明治維新、戦後改革に次ぐ、第三の大改革が必要だ」という人がいるが、私は正にその通りだと思っている。
明治以降の日本は、二つの時代に分けられる。明治維新から終戦と、戦後から現在までの二つ、各々の発展と崩壊である。現在、戦後の発展を支えた様々な仕組みが限界を迎え、財政や年金危機など国家の経済的な問題をはじめ、教育や倫理・社会秩序、外交・安保などあらゆる面で問題が噴出し、新たなビジョンに基づく“次の時代”を模索している。半世紀に一度の大きな変化のとき、覚悟を決めてその実現に取り組まなければならない。
変えるべきものは果敢に変える。ただ、守るべきものはしっかり守る!
では、“次の時代”へ向けた取組みはどのようなものなのだろうか。
その実現のために、今やらなければならないことを二つに分けて考える必要がある。
一つ目は、過去のツケの清算である。財政破綻、年金危機、環境破壊など、現在よりも将来の方が明らかに悪くなる事態が数多く生じてしまった。そのため、我々は将来への明るい展望を持てないでいる。まずはそれらを解決し、将来への不安を取り除かなければならない。重要なことは、将来に亘って破綻せず持続可能な仕組みに再構築することである。
二つ目は、新たな仕組みづくりである。“次の時代”に合った価値観を創造し、具体化していく作業である。大切なキーワードは、自助自律と相互扶助である。一見相反する二つのことを両立することが重要なのだと思う。個人や企業が公に頼ることなく、自立しお互いに切磋琢磨しながら高め合うことが基本である。しかし一方で、同じ社会の仲間として、お互いに助け合うことも必要である。
変化の一方で、守るべきものはしっかり守っていかなければならない。経済的繁栄の中で忘れかけていた日本の伝統文化や家族、地域社会など、日本人らしさや人間関係を大切にしていくことが、実は、“次の時代”へ向けた大きな変化を可能にする土台になると考えている。
「サード・デモクラシー」(第3の波) 三番目の民主主義は国民の手で!
明治維新は、維新の立役者によって実現した。戦後改革は、占領軍と日本の官僚組織中心に実行された。では、“次の時代”はだれが実現するのか。それは、国民自身ではないか。私たちの未来のために、私たち国民が自ら責任をもって変えていくことが、真の国民主権だと思う。これを私は、維新、戦後に続く近代日本で三番目の民主主義の形成と考え、“サード・デモクラシー”と呼ぶこととした。ワンランク上の民主主義である。私は名刺やポスターに、「ともに語り、決断し、実行しよう。」という言葉を書いている。今こそ“国民一体の政治”を実現する時ではないだろうか。
今から2015年まで、この十年が勝負
サラリーマン経験や地域活動で感じた「現場感覚」の大切さを胸に刻み、民間金融機関13年で培った「民間感覚」と、政治外交史の研究者として学んだ「時代感覚」をもって、“次の時代”をつくっていきたい。
明治維新も戦後改革も、衝撃から改革が本格始動するまで15年かかった。そして、改革の目途がつくまで実はさらに10年かかっている。1945年の終戦から15年後の1960年、経済的には高度経済成長が始まり、外交上は日米安保条約の改正が実現した。そしてその10年後の1970年、日本は経済大国として国際的に認知されるようになった。
「2005年体制」という表現が言われ始めた。バブルが崩壊し、冷戦が終焉した1990年の15年後の2005年、第三の大改革は本格的に始動した。「郵政民営化に始まる大改革」を訴えた2005年9月11日の総選挙は、まさに世紀に一度か二度の転換点であり、民主的に体制転換が実現したのである。そのような時期に国政にたずさわる者としての歴史的使命を自覚しながら、改革に邁進しなければならない。まずはなにを置いても財政改革に取り組みたい。今から2015年まで、この十年が勝負である。
(2006年2月記『UBUDAS』寄稿文より)



