自民党 財政健全化推進本部 提言
本日、私が事務局長としてライターを務めた
「自民党 財政健全化推進本部 提言」が
政務調査会長の了解を得て、党の提言として了承されました
「金利がある世界」かつ「国際情勢が不安定な時代」に
政治がしっかり財政と向き合い、市場と国際社会に信頼される
財政運営をすべき、との趣旨でまとめました
ちょっとした読み物ですが、ご関心ある方が是非ご覧下さい
よろしくお願いいたします
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
財政健全化推進本部提言
~経済成長と財政健全化の二兎を追う~
令和6年6月6日
自由民主党財政健全化推進本部
財政健全化推進本部は、党則79条の規定に基づき、総裁直属の組織として令和3年12月に創設された。
党の綱領では、「将来の納税者の汗の結晶の使用選択権を奪わぬよう、財政の効率化と税制改正により財政を再建する」とされており、当本部では、「経済あっての財政」、「財政は国の信頼の礎」という基本的な考え方の下、経済成長と財政健全化の両立に向けた具体的な経済財政運営などのあり方について、真摯な議論を重ねてきた。
本提言は、今後、政府・与党が一体となって進むべき道筋を示すものであり、その内容が、近く政府においてとりまとめられる「骨太方針2024」に具体的かつ明確に反映されることを求めるものである。
1.はじめに
国際社会は混迷の度合いを深めている。ロシアによるウクライナ侵略開始から2年が経ち、中東情勢は依然として不透明である。北朝鮮による核・ミサイルの脅威も増大している。世界経済の先行きについては持ち直しが続くことが期待されるが、こうした地政学リスクが経済に与える影響等については留意が必要である。
一方、日本経済には新たなステージに移行する明るい兆しが現れている。賃上げについて、今年の春闘は昨年を大幅に上回る勢いである。企業の設備投資は100兆円を超え、日経平均株価はバブル期につけた史上最高値を更新した。こうした中、日本銀行は本年3月、2%の物価安定の目標が持続的・安定的に実現していくことが見通せる状況に至ったと判断し、大規模な金融緩和策の見直しを公表した。
物価と金利の上昇は、活力ある経済に向かう兆しの現れである。30年来続いてきたコストカット型経済から持続的な賃上げや活発な投資が牽引する成長型経済へ変革し、デフレからの完全脱却を果たすため、「新しい資本主義」の旗印の下、賃金と物価の好循環、成長と分配の好循環を実現していかなければならない。
同時に、「金利のある世界」が現実化しようとする中、財政の持続可能性に対する市場の信認を確保することの重要性はこれまで以上に増している。「経済成長なくして財政再建なし」。これがアベノミクス以来の各政権の基本姿勢である。経済の持続的な成長の兆しが見える今だからこそ、同時に財政秩序の回復に向けた道筋をしっかりと示していくことが求められる。
2.経済
(1)新しい資本主義
我が党は、岸田総裁が掲げる「新しい資本主義」の旗印の下、社会課題の解決に向けた取組自体を付加価値創造の源泉として成長戦略に位置付けるとともに、そうした成長の実現に向けて、人への投資、科学技術・イノベーションへの投資、スタートアップへの投資、グリーントランスフォーメーション(GX)、デジタルトランスフォーメーション(DX)といった各分野を重点投資分野とし、官民連携で計画的な重点投資を進めている。あわせて、経済成長の流れを後押しするために国全体の資金を循環させるという発想に立ち、その一環として財政も活用している。我が国の家計金融資産の半分以上を占める現預金が投資に向かい、経済成長に伴う企業価値向上の恩恵を家計に還元することによって、投資と消費の好循環を生み出す。また、長年続いたデフレ経済の下で貯蓄超過が続いてきた企業部門が積極果敢に「投資」を行っていくことを促す。こうした一連の取組を通じ、「成長と分配の好循環」を図り、「賃金と物価の好循環」をより実感の伴う形で本格化させようとしているところである。
(2)日本経済は新たなステージに
こうした中、我が国の経済は新たなステージに移行しつつある。賃上げについては、昨年の春闘では30年振りの高水準を記録したが、今年はその水準を大幅に上回る勢いとなっている。企業の設備投資は1991年以来初めて100兆円を超えた。日経平均株価はバブル期につけた史上最高値を更新し、一時は4万円を超える水準となった。名目GDPは、政府経済見通しによれば、本年度中に600兆円を超える見通しである。本年3月の訪日外客数は単月として過去最高を更新し、初めて300万人を突破した。このように我が国ではこれまでになくヒト・モノ・カネが活発に動き始めている。日本経済に対する世界の見方は変わりつつある。
今後金融市場は一層活性化し、投資の促進等を通じて経済活動が活性化していくことになると見込まれる。活性化した経済の下では、産業構造の新陳代謝が進み、より生産性の高い分野への投資や人的資本の流入が促される。このようにして民間主導の持続的な経済成長が実現していく。我が国では生産年齢人口の減少等に伴う労働供給制約が指摘されるが、こうした供給制約はむしろ企業のイノベーションを喚起し、成長の起爆剤ともなり得る。
また、原材料価格の上昇や円安に伴う輸入物価上昇から始まった物価高は、国民生活を圧迫し、経済の回復に伴う生活実感の改善を妨げている面がある一方で、価格転嫁が進む中で、賃上げが実行され購買力の上昇に繋がるという好循環も実現しつつある。そして、イノベーションが喚起され労働生産性が向上すれば、労働者一人当たりの創造する付加価値の上昇とその分配を通じて、物価上昇を上回る賃上げがもたらされる。
このような状況を踏まえれば、今はコストカット型経済を成長型経済に変革する最大のチャンスである。この流れを止めることなく、成長と分配の好循環、持続的な賃金と物価の好循環につなげ、デフレからの完全脱却を図る必要がある。その際には、適切な価格転嫁等を通じ、株主だけでなく、従業員、取引事業者、顧客、地域社会といった多様な利害関係者に成長の成果が還元されるマルチステークホルダー型の資本主義の実現を目指していくという視点が求められる。
3.財政
(1)経済成長と財政健全化の二兎を追う
我が国が抱える大きな中長期的な課題としては、人口(少子高齢化・人口減少)と財政(累積債務・赤字体質)が挙げられる。前者については、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」によれば、出生中位推計の下では我が国の人口は2070年には8,700万人まで減少し、出生高位推計の下でも9,549万人まで減少する見通しとなっている。また、「人口戦略会議」が本年4月に公表した分析によれば、全国1729自治体のうち、消滅可能性自治体(若年女性人口の減少率が2020 年から2050 年までの間に50%以上となる自治体)の数は744にのぼる。人口減少の進行を緩和させるとともに、人口減少下でも活力ある経済社会を維持するための政策作りに、腰を据えて取り組んでいくべきである。
そして、もう1つの中長期的な課題として、財政がある。他の先進国に比べて債務残高対GDP比が突出して大きい中で、引き続き財政秩序の回復に向けた道筋を示していくことは重要な課題である。
経済が活力を取り戻しつつある今は、財政健全化に向けて着実に歩みを進めるまたとないチャンスでもある。民間主導の持続的な経済成長が実現し、税収増が期待できる中で、節度ある財政運営を続けていけば、フロー・ストック両面での財政秩序の回復が可能となる。この機を逃さず、デフレ完全脱却・経済成長と財政秩序の確立の両取りを目指していくべきである。
(2)財政と向き合う
繰り返し述べているとおり、日本経済には新たなステージに移行する明るい兆しが現れつつある。一方で、金融政策の変更等により、金利や為替が大きく動き始めている。また、国際情勢に目を向けると、ロシアのウクライナ侵略、中国や北朝鮮の軍事力強化、依然として不透明な中東情勢といった地政学リスクも存在する。こうした内外情勢の下、これまで以上に市場や国際社会を意識しながら財政に向き合っていくことが求められている。
①利上げ局面の財政運営
(ア)大規模金融緩和の見直しと金利の上昇
日本銀行は本年3月、2%の物価安定の目標が持続的・安定的に実現していくことが見通せる状況に至ったと判断し、これまでのイールドカーブ・コントロールやマイナス金利政策といった大規模な金融緩和策の見直しを公表した。コロナ禍の間は概ね0%近傍で推移していた長期金利は、1%程度まで上昇してきている。
今後は、長期金利の水準は市場が決めていくことになるものと見込まれる。これまでは、債務残高が増加する一方で金利は総じて低水準にあったことから、利払費は概ね横ばいで推移してきたが、今後の財政運営に当たっては、もはや低金利を当然の前提とすることはできなくなりつつある。
巨額の債務残高を抱える我が国の財政は、諸外国以上に金利上昇による利払費の急増リスクに直面している。仮に何らかの理由によって金利の急騰・国債価値の下落が起きれば、財政状況が悪化するほか、企業活動や国民生活にも影響が及び得る。
なお、2010 年代以降の国債の保有状況を見ると、日本銀行の国債保有割合が増加してきた一方で、銀行の国債保有割合は減少してきた。今後、金融政策の見直しが行われていくこととなれば、日本銀行の国債保有割合が減少していく可能性もある。
経済成長率が金利よりも高い状況であれば、プライマリーバランスが赤字であっても債務残高対GDP比は改善していくので問題はないとの指摘もある。しかしながら、現下の物価上昇に伴い、各国においてコロナ禍以降に実施されてきた非伝統的金融政策が見直されている状況や、過去における経済成長率と金利の推移を踏まえれば、経済成長率が金利よりも高い状況が継続するとの楽観的な見通しに立って財政運営を行うことは避けるべきである。
(イ)隙を見せない財政運営
我が国のプライマリーバランスの推移を見ると、1992年度以降は30年以上にわたり、一貫して赤字が続いてきた。その結果、債務残高対GDP比はG7において最悪の水準にまで増加し、その他の諸外国と比べても突出して高い水準となっている。
なお、我が国はプライマリーバランスの黒字化を財政健全化の目標としているが、このプライマリーバランスは、財政収支(プライマリーバランスに利払費を加えた収支)と比べ、利払費の分だけ債務残高の増加を許容するという意味で財政収支より緩い基準であることには留意しておく必要がある。
日本経済が新たなステージに移行しつつあることに疑いの余地はないものの、他方で世界からは、少子高齢化・人口減少に直面する我が国は成熟国家として見られていることも認識しておく必要がある。こうした中にあっては、昨年の提言でも指摘したとおり、「世界から、マーケットからどう見られるか」を意識して、財政秩序の回復に向けた取組姿勢を堅持していくことが必要不可欠である。イギリスのトラスショックのように、利上げ局面における財政運営に対する不信などが引き金になって、マーケットが瞬時に反応し、混乱に陥った例もある。もちろん日本とイギリスの置かれた経済・財政状況は異なっており、直ちに同様の事態が生じにくいとの見方もあり得るが、こうした事案を他山の石として、隙を見せない財政運営に努めていくことが求められている。
②リスクマネジメントとしての財政運営
(ア)感染症・震災・紛争など有事への対応
感染症・震災・紛争などの有事に備える観点から財政余力を確保していくという視点も重要である。コロナ禍において、我が国は、国民の暮らしと命を守り、経済を下支えするため、100兆円を超える資金を国債市場において調達し、債務残高対GDP比は短期間で大きな上昇を見た。万が一にも有事が再び発生すれば、急増する財政需要を賄うため、国債市場において再び巨額の資金を調達する必要性が生じ得る。そのような場合においても我が国の財政に対する市場の信認を維持し、安定した金利で資金調達を行うためには、平時において節度ある財政運営を行い、債務残高対GDP比を安定的に引き下げていく姿を国内外に示していく必要がある。
ヒアリングを行った有識者からは、19世紀後半の英国のリーダーは、米独が台頭する中で英国の覇権が将来揺らぐ可能性を認識し、その結果到来し得る不安定な時代を耐え抜くための財政余力を確保すべく、政府債務の削減に取り組んだとの指摘があった。
年々厳しさを増す安全保障環境の中で、強い経済と財政構造を持つことが我が国の抑止力に繋がるとの見方もある。国家のリスクマネジメントの観点から、発生する可能性は低くとも、万が一発生した際に国民の生活や我が国経済社会の基盤を破壊してしまうようなテールリスクも念頭において、財政余力を確保していくことが必要である。
(イ)為替・格付の動向
世界の経済情勢は大きく変化しており、強い円を当然の前提とはできなくなっている。もちろん為替の動きには、内外金利差の状況、国際収支や物価動向など経済指標、市場参加者のセンチメントや投機の動きなど様々な要因が複雑に絡み合っているため、足元の為替の状況に対して殊更に悲観的になる必要はないが、少なくとも円の信認は絶対のものではないことは常に意識しておくべきである。なお、為替市場において、特に最近は投機的な動きも背景とした過度な変動が見られる場合があることにも留意する必要がある。
その上で、円に対する信認を維持していくためには、経済のファンダメンタルズはもとより、政治の安定を含めたトータルの国力を維持していくことが重要である。加えて、財政ルールを含めた政策面での対応としては、主要先進国の常識に外れるようなことはしないことが大前提となる。
加えて、格付の動向にも配意すべきである。日本国債に対する格付けを見ると、主要格付会社による日本国債の格付けは、現状シングルAからシングルAプラス相当とされている。こうした中、仮に更なる格下げを回避し、むしろ格上げを実現することができれば、国債の保有価値・担保価値が安定するとともに、ソブリンシーリングを通じた民間企業の格下げリスクを回避できるため、民間企業の資金調達や投資意欲にプラスの影響をもたらし得る。
これを実現するためにも、格付会社から高く評価されている立法や行政のガバナンスを維持し、あわせて「新しい資本主義」の下で経済成長を実現していく中で、財政秩序を継続的・安定的に回復していくべきである。
③財政の持続可能性の堅固化
(ア)持続可能な社会保障制度の確立
日本は本格的な少子高齢化・人口減少に直面している。後期高齢者は引き続き増加が見込まれる一方で、生産年齢人口は急速に減少していくことが見込まれる。こうした中、将来にわたって我が国の社会保障制度を維持していくためには、「給付は高齢者中心、負担は現役世代中心」という形から、「全ての世代が相互に支え合う仕組み」への転換を図り、給付と負担のバランスを確保していくことによって、持続可能な社会保障制度を確立していく必要がある。成長と分配の好循環の実現のためにも社会保障改革に取り組み、保険料負担の上昇を抑制していくことが重要である。
(イ)経常/貿易・サービス収支、対外純資産の動向
現状では我が国の豊富な対外純資産が国債の信用力の裏付けとなっているとの指摘もある。しかし、対外純資産の多くは民間資産であり政府が自由に使えるわけではないことや、対外純資産の多くは流動性が低く、信用の裏付けとしては脆弱との指摘もあることに留意が必要である。
また、経常収支については、貿易収支とサービス収支は赤字基調が続いているが、所得収支が大幅な黒字であることから、足下では黒字で推移し、結果として対外純資産の増加要因となっている。ただ、主要なシンクタンクによれば、中期的には黒字幅は縮小し、場合によっては赤字に転化するとの推計も示されており、経常収支強化を意識した政策運営が重要となる。
4.財政健全化の取組み
(1)これまでの財政健全化の議論
これまでの財政運営を振り返ると、我が党は、長きにわたって財政秩序の回復に向けた議論を重ねてきた。社会保障財源の確保と財政再建のために消費税を増税すべきとの意見もあれば、徹底した歳出抑制を行うべきとの意見もあった。経済成長の果実としての自然増収を活用すべきとの声もあった。財政運営を巡ってはこのように様々な見方があったが、財政の体質改善を図るべきという問題意識は一貫していた。我が党はリーマンショック、新型コロナウイルス感染症の拡大などの危機の際、機動的に財政を運営することができたが、これは、長年にわたる財政健全化に向けた議論の積み重ねがあったからに他ならない。
近年の財政を巡る議論の中には、財政赤字や債務残高を問題視せず、政府が赤字国債を発行し、中央銀行がそれを買い支えれば良い、といった主張も見られたが、主要先進国で採用されていないような政策が市場や国際社会の理解を得られるかは不明である。
財政に対する信認がひとたび失われれば、それを回復するには長い時間を要することにもなりかねないことを意識しておく必要がある。
(2)財政健全化に対する取組姿勢
①歳出構造の平時化
令和2年度から令和4年度にかけては、新型コロナウイルス感染症への対応や物価高対応等のため巨額の補正予算を計上した。これらは未曾有の有事に迅速に対応するために必要と判断されたものではあったが、その一方で、結果的には令和2年度には過去最高の繰越額(30.8兆円)を計上し、令和4年度には過去最高の不用額(11.3兆円)を計上したことも事実である。また、コロナ禍において計上された巨額の予備費については、機動的な財政出動を可能とした反面、財政民主主義の観点からの課題を指摘する声もある。
経済が平時を取り戻していく中にあって大事なことは、予算の規模ではなく中身である。今後は、メリハリのある柔軟な財政を構築していく中で、歳出構造の平時化に向けた取組を継続していくべきである。
②財政健全化の旗を堅持
政府は、「経済財政運営と改革の基本方針2021」等に基づき、財政健全化目標(2025年度の国・地方を合わせたプライマリーバランス黒字化を目指す、同時に債務残高対GDP比の安定的な引下げを目指す)を堅持してきた。あわせて、いわゆる「歳出の目安」が財政規律としての役割を果たしてきたことを踏まえ、2022年度から2024年度までの3年間について、それまでと同様の歳出改革努力を継続してきた。こうした努力の結果、本年1月に内閣府が公表した「中長期の経済財政に関する試算」によれば、成長実現ケースの下で、歳出改革努力を継続すれば、2025年度には1991年度以来のプライマリーバランス黒字化が視野に入るとされている。
今後、経済社会を巡る様々なリスクが顕在化した場合において、必要な場合には躊躇無く財政措置を講じるためには、巨額の資金を国債市場で調達できる環境を維持することが不可欠であり、そのためには、引き続き2025年度のプライマリーバランス黒字化を目指すとともに、債務残高対GDP比の安定的引下げを目指すという財政健全化目標を堅持し、財政秩序の回復に向けた取組姿勢を示していくことが必要である。さらに、その後も継続的にプライマリーバランスの黒字幅を確保し、債務残高対GDP比を安定的に引き下げていくべきである。その際には、経済成長によってGDPを拡大していくことも欠かせない。
同時に、財政余力の回復を確かなものとするためには、2025年度以降においても、これまでの「歳出の目安」に沿って、日本経済が新たなステージに入りつつある中で、経済・物価動向等に配慮しながら、複数年にわたる歳出改革の取組を継続していくことが適当である。その際、防衛やこども・子育て政策の財源確保に当たり、非社会保障関係費・社会保障関係費のそれぞれについて歳出改革の取組を継続するとされていることも踏まえる必要がある。なお、新たな政策対応に伴い財政需要の純増が必要と判断される場合には、ペイアズユーゴーの考え方の下で財源を確保していくことが重要である。
あわせて、歳出改革にあたっては、内外の経済情勢に十分目配りし、重要な政策の選択肢を狭めることがないようにすべきである。
5.経済と財政を両立する取組み
(1)EBPMの革新
民間の活力を引き出し経済成長などの成果につなげていくためには、予算の中身を工夫し、いわゆるワイズスペンディングを徹底し、成果が乏しい事業については見直しを行って、成果が上がる事業へ財政資源をシフトしていく必要がある。そのためには、EBPMを徹底することを通じて、不断に政策の中身と結果を検証していく必要がある。
その際、事業の「必要性」や「効率性」だけではなく、「有効性」に着目した検討を行う必要がある。あわせて、事業の検討段階から政策を事後的に検証しうるKPIを設定し、政策効果の発現経路と目標を論理的に説明し、データに基づいて見直すというPDCAサイクルを改めて確立すべきである。複数年度に亘り多額の予算を投じる事業については特に対応が急がれる。こうした取組を通じて事業の新陳代謝を促していく中で、メリハリの効いた柔軟かつ効果的な財政を構築していくため、必要な体制整備をすべきである。
また、基金には複数年にわたり機動的に財政出動ができるというメリットがある。一方で、一度予算が計上されるとその執行管理が不透明になるといった課題も指摘されている。こうした中、政府は基金全体の見直し等を実施しているところであり、これにより、基金の効果的かつ効率的な活用が可能になると考えられる。
(2)民間に対する支援の考え方
持続的な経済成長を実現していくためには、民間に対して政府が支援を行うことも必要となるが、その際、官は呼び水となって、民間資金が最大限活用されていくよう取り組む。政府が民間を支援する上で「選択と集中」が必要であることは論を俟たないが、勝ち筋がある分野の見極めには、民間部門の目利きの活用が不可欠である。
また、民間部門が積極的な投資を継続的に行うためには、民間部門にとっての予見可能性を高める必要がある。このため、政府が、半導体を含め、民間部門による大規模な国内投資を継続的に支援する為にも、必要な財源を確保しながら複数年度の計画に基づいて進めることが不可欠である。
あわせて、国の支援手法を多様化していくべきである。渡し切りの補助金による支援については、収益納付の在り方を見直すとともに、出融資等を上手く組み合わせることで、民間部門からの投資や金融機関からの資金供給を促し、官民のリスク分担の在り方を不断に見直していく必要がある。支援対象の優先順位の明確化・厳格化や、支援手法の役割分担の整理等、ルールを明確化していくことも重要である。
(3)長期財政推計
昨年の提言においては、経済財政運営に関して信頼できる中長期の見通しが必要だという指摘を盛り込んだ。こうした点も踏まえ、本年4月、内閣府は、2060年までのマクロの経済・財政・社会保障の姿を試算した長期推計を公表した。このような対応を評価するとともに、この長期推計を発展的に継続していくことを求めたい。あわせて、諸外国で設置されている独立財政推計機関についても、我が国で導入する場合のメリット・デメリット等について、研究に着手することが考えられる。
6.各分野における歳出改革の考え方
今後歳出改革を進めていく観点から、社会保障分野をはじめとする各論の考え方や論点について以下のとおり整理した。今後政府においては、こうした点も踏まえつつ、各論について更に議論を深めていくことを求めたい。
(1)社会保障
今後の我が国の社会保障をめぐる環境としては、2040年には団塊ジュニア世代が高齢者になるなど、今後も支え手である生産年齢人口の急激な減少が継続し、高齢化率は上昇を続ける。支え手である現役世代が減少することで、保険財政が厳しくなることに加え、サービスを提供するための労働力も減少していく。今後とも、危機的とも言えるマンパワー不足にも対応しつつ、必要なサービスが必要な方に行き届くよう、生産性の向上や給付の効率化・重点化の取組も含めた国民皆保険制度を維持するための改革を継続していかなければならない。年齢ではなく能力に応じて負担し、誰もが必要な時に給付を受けるという全世代型社会保障の考え方を徹底していく。
そうした中、質の高い医療・介護を効率的に提供しつつ、社会保障制度を維持して行くため、医療・介護を始めとする保険制度全体の在り方を検討する中で、保険者機能の十分な発揮等の観点から見直しを検討して行く必要がある。その際、現役世代や所得の低い世帯等の保険料負担にも配慮することが求められる。あわせて、国民の利便性の向上につながる医療DXを推進していくことも重要である。
具体的には、昨年末に閣議決定された「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)」に盛り込まれた取組について、予算編成過程において、実施すべき施策の検討・決定を行い、着実に進めることとなる。
また、創薬エコシステムを更に強化していくことも含めて、我が国の医薬品産業におけるイノベーションを促進していくことも重要である。こうした中、引き続き迅速な保険収載の運用を維持した上で、薬剤費の配分について革新的な新薬に重点配分するとともに現役世代等の保険料負担に配慮する観点から、費用対効果評価の適用を拡大していくことが重要である。その際、その基準についての国民や社会の受け止め(社会的受容性)も踏まえつつ、革新的な新薬の適切な評価を含め丁寧な検討が必要である。
更に、公的保険では十分カバーできない医薬品や有効性評価が十分でない最先端医療等(がん遺伝子パネル検査、再生医療等製品等)について、イノベーションを推進しつつ、希望する患者が利用できるよう、保険診療と保険外診療の併用を認める保険外併用療養費制度の対象範囲の拡大を進める必要がある。併せて、患者の負担軽減・円滑なアクセスの観点から、諸外国の例も踏まえ、民間保険の活用について検討し、国民の治療の選択肢を広げていく。
加えて、自助・共助を適切に組み合わせて国民皆保険を維持する観点から、セルフメディケーションの必要性についての国民の意識を醸成して行くことが求められる。その一環として、国民の利便性向上や医療機関の負担軽減の観点から、医薬品の乱用に留意しつつ、医薬品のスイッチOTC化を進め、国民が薬局で自ら購入できる医薬品の選択肢を増やしていくべきである。また、公的保険とセルフメディケーションの推進とを整合的なものとしていく観点から、OTC類似薬の保険給付の在り方の見直しなど、薬剤費自己負担の在り方を検討する必要がある。
国が承認した医薬品等を基本的に公的保険でカバーする制度に関し、公的保険の外にある民間市場が十分に成長してこなかったのではないかとの指摘がある。このため、国民の治療の選択肢を広げつつ、我が国の医薬品・ヘルスケア産業、関連市場を国際的な成長産業に育成し、産業競争力を強化していく方向で議論を進めていくことが重要である。後発医薬品産業については、品質の確保された医薬品の安定的な供給に向け、業界再編も視野に入れて産業構造の在り方を見直していくべきである。
なお、患者や家族の理解を深め、患者のQOLを改善しない治療を見極めることも重要である。医薬品の使用方針についてはフォーミュラリの活用を推進してきたところであるが、患者本位の治療・研究の確立に向けて、幅広く対策を講じていく観点から、減薬・休薬を含む効果的・効率的な治療に関する調査・研究について、国として積極的に推進していく。また、こうした効果的・効率的な治療に関する事項について、診療のガイドラインに盛り込んでいくことが重要である。
医療・介護人材の確保のために、保険料や税金を財源とする報酬が人材紹介会社に対する手数料の支払いに充てられ、離職が繰り返されている問題に対しては、規制強化を図るなど、早急な対処が必要である。
(2)その他の一般歳出
①社会資本整備
我が国においては、これまで長期にわたって質の高い公共投資を一定以上の分量で行ってきた結果、社会資本の蓄積がかなりのレベルに達している。一方で今後、人口減少が進み、それぞれの地域の構造が変化する中において、必要なインフラの新設及び既存インフラの更新を進めるにあたっては、将来世代にも受益が及ぶ事業に集中する必要がある。
土地利用規制の最適化や地域交通との連携(ネットワーク化)によるコンパクトシティの推進、将来の人口を考慮したハード整備の事業評価、自治体間におけるインフラ施設の相互利用や統廃合、気候変動による災害の頻発化・激甚化に対応できる合理的な防災・減災対策など、地域の将来像を考慮しつつ、生産性や持続可能性を高められる社会資本整備・国土強靭化を進めなければならない。
社会資本整備は、社会・経済活動を活性化させる基盤であると同時に、国・地域にとっての将来にわたる固定費になる。長期にわたるマネジメントの考え方を最大限取り入れ、合理的な見直しを進めるべきである。
②文教
生産年齢人口の減少が続く我が国において国力や国の魅力を維持するためには、ひとりひとりの児童生徒が持つ能力を引き出し、様々な才能を開花させるようサポートできる教育が必要不可欠である。
義務教育において、最も重要な人格形成にとって教師の存在が重要であることは言うまでもないが、ICTなどの技術や装備をフル活用することで教員の負担軽減を図り、教員のマンパワーのみに依存せずに教育の質を高めることが重要である。
現下の長時間労働に対しては処遇の改善と業務の見直しを進めるべきである。教育の質の向上には優れた人材の確保が不可欠であり、そのためには責任や負担、成果に応じたメリハリのある形への見直しを含めた全体的な処遇改善が重要である。このためには安定した財源が必要であり、来年度予算編成において改革内容と財源を一体で議論し結論を得るべきである。
また、高等教育についても、18歳人口が減少する一方で入学定員は増加してきたため、定員割れ大学が増加している。各大学は客観的な評価指標に基づく学修成果の可視化や統廃合を含めた積極的な経営判断を進める必要がある。国はこうした各大学の取組を支援の在り方にも反映すること等により、高等教育の「質」の向上に取り組んでいくべきである。
③エネルギー
我が国は2050年のカーボンニュートラル実現を宣言し、官民が力を合わせてGX投資を推進しており、エネルギー分野における産業競争力強化の観点からも取り組みを強めなければならない。
2023年G7広島サミット首脳コミュニケにおいて「非効率な化石燃料補助金を・・・廃止する」と再確認された。2022年1月に緊急避難措置として開始し今なお継続している燃料油価格の激変緩和事業について、開始当時はロシアによるウクライナ侵攻を契機とした原油価格の高騰対策として行ったものであったが、足元では国際的な原油価格は低下する反面、為替による燃料油価格の高止まりが発生している。一般的に、商品価格の変動に対し長期にわたり補助金を出し続けることは、必要な変化を阻害し得る。G7の多くの国は我が国よりも高い水準のガソリン価格でありながら補助金を終了していること等を踏まえれば、財政の観点からも早期に終了することが適当である。
(3)地方財政
日本全体で人口減少が急速に進む中、約8割の地域では2050年までに30%以上の人口減少が見込まれている。将来の人口規模や人口構成に即したインフラや行政サービスの形を見極め、広域連携やデジタル技術を活用した一層の効率化を進めていくことが重要である。
また、豊かな財政力を持つ都市と地方との間で、行政サービスの格差が拡大していく可能性があり、地域間の財政力格差を縮小させるため、偏在性が小さい地方税体系の構築を進めるべきである。
地方財政においては、地方税収の堅調な伸びやコロナ禍での国からの財政支援等も背景に、基金残高が増加している状況にある。物価高騰対応やインフラ更新等の財政需要には、まずはこうした基金などのストックを活用して対応するとともに、今後も緩むことなく地方の財政健全化の取組みを進めていくべきである。
7.おわりに
我が国の経済は、長い間染み付いたデフレから完全脱却し、熱量溢れる新たな成長型経済に移行していくチャンスを手にしている。この局面だからこそ、民間主導による持続的な経済成長と両立しつつ、財政健全化に向けて覚悟を持って臨んでいくべきである。
前述のとおり、本年4月に内閣府は長期推計を公表した。その中では、少子高齢化・人口減少の下でも中長期的に持続可能な経済・財政・社会保障を構築するためには、力強い経済を実現するとともに、社会保障改革に取り組み、財政健全化を着実に進めることが重要であることが改めて確認された。こうした中長期的な経済・財政の見通しも念頭に置きながら、財政秩序の回復に向けて取り組んでいくべきである。必要があれば、国民の理解を得るための努力を前提として、歳入面の議論も避けるべきではない。
今日の経済システムは、信用を基盤として成り立っており、その根底に存在するのが財政や通貨に対する信用である。我が国の財政状況が深刻であることは事実であるが、本質的に財政秩序を回復する意思と能力があると市場に信用されているからこそ、これまで国債市場において安定して資金を調達することが可能であった。物価が上昇し、「金利のある世界」が再び現実のものとなった今、我々は改めて財政秩序を回復する意思と能力があることを国内外に示しておく必要がある。
財政や通貨に対する信用は、我が国の先人たちが長い年月をかけて築き上げてきたものである。こうした信用が非連続的に変化し得ることは過去の歴史が示している。このことを肝に銘じ、自由民主党は、責任政党として、この信用をリスクに晒すことなく次世代にしっかりと引き継いでいく責務がある。